隈 コンクリートというのは、いろいろな意味でヤワさを中に持っている。でも、あれだけ世界に一気に普及したのは、技術としてものすごく単純な技術だったからなんです。要するに簡単なベニヤを組み立てる技術があれば、どこでも、世界中でできる。
でも、組み立てた中に何が隠されているかについては、まったく信用で成り立っています。猫だって時々入っちゃいます。世界にばーっと広まった技術ですが、実はその中身は誰も保証できないという状態なんですよ。
養老 20世紀以前の手法では、そういう問題は起こらなかったんですか。
隈 石造りなんかの“石を積む”という技術は、やっぱり一個一個積み上げていくものですから、ちゃんと積み上げていかないと、そもそも建物が建たないですよね。そこで技術的にあるレベルが保証されているわけですが、コンクリートになった途端に、まったく保証がない世界に入っちゃったんです。
養老 コンクリート建築の信用性というのは、社会とか国の信用性とかとつながるということだな。
隈 間違いなくつながっています。特に日本がまずかったのは、逆説的ですが、日本の大工さんの技術力が高くて、ベニヤを手早く組み立てられたことです。だから建築家がどんなに勝手な造形で図面を描いても、日本の大工さんさえいれば、たちまち世界で一番きれいなコンクリートが打ち上がる。妄想みたいなものを実際に形にしてくれる、素晴らしい職人さんがいたわけです。